本研究は、アメリカ合衆国における精神薄弱者の生活の場が、1910年以降、隔離的な施設から一般コミュニティへと転換しはじめる過程において、それを可能とした施設内部および社会的条件、そして社会に受容される精神薄弱者像(その中核的条件としてのとりわけ断種)を追求するものである。 初年度にあたる本年度の研究は、アメリカおよび日本国内の図書館での本研究の基礎資料の調査・収集に主力が注がれた。その結果、主要な資料として、アメリカで最も広く精神薄弱者の断種が普及し、同時に彼らのコミュニティ生活を実現させたカリフォルニア州の関係文献、精神薄弱者のコミュニティ生活を比較的初期から実施したニューヨーク州立ローム精神薄弱者施設のチャールズ・バーンスタイン施設長が発行した施設月刊誌 "Herald"全号、1930年代に「選択的断種」を主導したウェスタン・ペンシルヴェニア精神薄弱者施設の年次報告(創設から戦前まで)、ならびに多数の州医学協会雑誌掲載の断種論文と遺伝・優生学・社会学等雑誌所載の関係論文が収集されつつある。 本研究の関係資料が、あまりに多岐・多数にのぼるため、資料調査および収集は継続中であるが、収集資料の分析に着手した現段階で示唆されるのは、精神薄弱者をはじめとする「不適者」の断種に対する是認が、全米的かつ一般的であるばかりか、特定時期だけではなく、主眼を変えつつ20世紀半ばまで持続されること、精神薄弱者に対する敵対ないし警戒が、アメリカ(おそらく近代)社会の根源にかかわることである。これは、これまでの研究の理解を超えるものである。
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