本研究の目的は、溶媒和型クラスターにおけるエネルギー散逸過程を実時間領域での測定により解明し、凝縮相における普遍的動的現象であるエネルギー散逸過程を分子論的に理解する基礎を構築することである。2年の研究期間内に、クラスター生成のための真空槽やレーザーシステムなどの実験装置を整備し、以下の結果を得た。 1. 極性溶媒中では分子内ねじれ運動をともなった電荷移動反応を起こすビアントリルについて、水との1:1クラスターを対象として研究を行った。まず、レーザー誘起蛍光法を用いてねじれ運動に関するプログレッションを観測し、そのポテンシャルを決定した。クラスターのポテンシャルは孤立分子と比較して顕著に変形しており、水の付加による立体反発の効果と、錯体形成による電子状態変化の影響を示している。また、ピコ秒時間分解蛍光分光法によって電荷移動反応速度を測定し、励起エネルギーや同位体置換に対して殆ど依存性を示さないという結果を得た。これは、初期励起状態からねじれ運動のみが励起した状態を経由して最終的な電荷分離状態へ移行するという段階的な反応機構を支持し、電荷移動反応におけるねじれ運動の重要性を動力学的観点から明示したものである。 2. 項間交差の進行が溶媒の極性に大きく左右される、含カルボニル縮合芳香化合物のアクリドンについて、水とのクラスターを対象として研究を行った。水和が進行すると蛍光収傘は急激に増大することが、ピコ秒時間分解蛍光測定によって明らかになった。特に、単量体と1:1クラスターでは200倍以上もの差が観測され、項間交差のメカニズムが直接的から2次的へと切り替わることを示す。赤外-紫外2重共鳴分光と分子軌道計算の併用から、1:1クラスターではカルボニル基に水分子が水素結合することが判明し、項間交差の溶媒効果が水和サイト選択的である可能性が示唆された。
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