写真乳剤として成長した分光増感色素J-凝集体(会合体ともいう)の吸着構造を、原子間力顕微鏡、低速高分解能走査型電子顕微鏡、カソードルミネッセンス顕微鏡および透過型電子顕微鏡を用いて解析した。 J-凝集体の吸着量が臭化銀微結晶の粒子毎に大きく相違し、ほとんど吸着していないものからほぼ100%の吸着量をもつものまで、幅広く分布していることが判明した。凝集体が適度に吸着した粒子上では、畝状に連なった凝集体列が平行に並んでテラスを形成し、その端はステップとなっている。このJ-凝集体列は、広く信じられてきた単分子層ではなく、すべて多分子層膜になっている。ただ、単位となる膜の厚さとその構造は、同じ分子骨格を持つ色素であっても誘導基の相違や対イオンとの組合せにより異なり、また吸着基板となる臭化銀の面指数によっても、さまざまに相違する。 J-凝集体の透過型電子顕微鏡による観察では、色素分子はその長辺を臭化銀粒子に接して直立している。ちょうどカードを斜めにずらせて並べたようなJ-凝集体特有の分子配列をとって結晶成長する。また、分子面と下地結晶との方位関係も明らかになった。しかし、色素分子がその中央部でねじれた構造をとっているためか、凝集体の上面における分子面の配列を原子間力顕微鏡によって観察することには、まだ成功していない。 今回の研究成果である、吸着量の幅広い分布と多層吸着モデルは、これまでの写真科学者が分光増感理論の前提としていた、すべてのハロゲン化銀粒子表面に均等にかつ単分子層でJ-凝集体が吸着しているという単層吸着モデルが仮想的なものであったことを証明し、新たな理論構築を要求することになった。
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