1)本研究では昆虫の脳の構造と学習能力を比較することで、脳の機能を解明を試みた。行動学的に対極にあるワモンゴキブリとオオスズメバチについて特に詳しい実験を行った。 2)キノコ体は前大脳の最大の構造であるが、キノコ体内在性のニューロンは軸索や樹状突起をキノコ体の外に出すことはない。そのため、キノコ体は入力繊維から情報を受け取り、それを統合あるいは一旦蓄積し、出力繊維に信号を伝えると考えられる。内在性のニューロンは小さく、その応答は現在のところ記録できない。2種で脳の構造を比較すると、キノコ体の差異が顕著であった。オオスズメバチのキノコ体はワモンゴキブリに比べ、より高度にかつ複雑に構成されていた。他方、前大脳のもう1つの顕著な構造である中心体についてはこれら2種を含め、調べた数種の昆虫で顕著な差異は認められなかった。 3)これら2種の昆虫の学習記憶に関して以下の結果を得た。オオスズメバチは巣と餌場の間を往復する。この採餌行動には複数の記憶が利用される。野外観察、実験室内観察でスズメバチは運動系のプログラムの記憶、途中の目印を利用した飛翔経路の調節、広い視野でのイメージ照合、ゴール(あるいは餌場)の特徴の記憶を利用することを明らかにした。他方、ワモンゴキブリは自然状態で戻るべき巣を持たず、外界の化学的、機械的刺激に対して、ステレオタイプの応答をすることで生存できる。実験的にも、ワモンゴキブリの学習能力は乏しく、若干の連合学習の可能性しか証明できなかった。 4)以上の結果から、キノコ体の構造的複雑さと昆虫の学習との間の相関が示唆された。これはアリやミツバチなど主な行動が学習に基盤を持つ種では、オオスズメバチと同様に複雑なキノコ体を持つことからも支持される。中心体の機能については破壊実験や局所刺激の結果から、運動の方向性の調節が示唆された。
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