これまで、混合体の相分離現象は、固体モデルか、流体モデルのいずれかにより例外なく記述されると信じられてきた。高分子を含む複雑流体もその例外ではなく、相分離は流体モデルにより記述されるというのが通説であった。我々は、高分子溶液系において、従来の固体・流体モデルで記述できない特異な相分離現象を発見し、この現象が、系を構成する2種類の分子の動的性質が著しく異なること"動的対称性の破れ"に起因していることを初めて明らかにした。我々は、この新しいタイプの相分離の本質が相分離の速度と各相の力学的性質の間の粘弾性緩和現象にあると考え、この相分離現象を、粘弾性相分離現象と名付けた。このような視点に基づき研究を遂行し以下の知見を得た。(1)相分離過程において高分子のスローダイナミクスにより誘起される粘弾性効果の定性的・定量的なレベルでの解明、(2)粘弾性相分離の普遍性の検証、(3)粘弾性相分離を利用した物理的構造制御法の確率を目指し、以下のような成果を得た。 (a)粘弾性相分離の定性的・定量的振る舞いの検証:高分子溶液の不安定領域における構造形成に関し、位相差顕微鏡を用いた直接観察による画像解析と、二流体モデルに基づく数値シミュレーションとの比較・検討を行い、高分子溶液の相分離における熱力学的な寄与と、粘弾性による力学的な寄与の果たす役割を明らかにした。 (b)粘弾性相分離の普遍性の検証:"動的対称性"の概念の普遍性を探るため、高分子溶液系に限らず、ミセル溶液系に関しても、相分離ダイナミクスの研究を行った。また、一方の成分のガラス転移が相分離温度近傍に存在するような高分子混合系において実験を行った。さらに、2つの成分のガラス転移点の差を利用した粘弾性相分離の研究を行い、材料構造制御への粘弾性相分離という工学的応用に対する知見を得た。
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