中世の稀書「ヴィラール・ド・オヌクールの画帖」を古代のウィトルウィウス、近世のアルベルティら各建築書の間にある中世の建築書と位置づけ、その史料的価値を問い直すことを試みた。 〇 平成8年度は、画帖とウィトルウィウス建築書との比較を行った。画帖を個別図柄の段階におろして分別再編し、建築書図版の体裁を整えた。内容が一目瞭然となり、各図柄相互の寸法と図形対応の把握に至った。J.ジャンペルやR.ベッシュマンの著作を参照して、画帖に遺るウィトルウィウス的痕跡・影響を随所に見出し得た。平行して画帖のローマ吋格子構成と幾何図形理念を都市に布衍し、中世都市に200ローマ尺格子構成法の多用を見た。ウィトルウィウスの測量技師的・都市計画家職能のヴィラール等への影響が推察された。 〇 平成9年度は、近世諸建築書と画帖の比較検討を行った。アルベルティの建築書には遥かに及ばないものの、両者の建築技法書的性格に共通するものを見出し得た。レオナルド・ダ・ヴィンチの画稿の諸工夫の萌芽をヴィラール画帖に考証した。ローマ尺大格子構成を古代都市に遡って見出し、ミレトス遺構でローマ尺からローマ矩尺への転化を実証した。他方、中世写本の細密画技法を調査し、ローマ吋・カロリング吋による割りつけなど、画帖の書誌学的位置づけをも明らかにし得た。 〇 平成10年度は、全体の纏め、照合整理を行った。ヴィラール画帖の古語フランス語説明文を翻訳・集成し、ウィトルウィウスとアルベルティの両建築書から関連事項部分を抜粋抄録した。ジャンペルらのストック刊本画帖研究書の完訳を果たしたほか、ローマ尺格子構成による都市・建築平面の解析を中近東・イスラム圏に進めて、その成果を確信するに至った。 以上において、ヴィラール画帖が容量において比較にならないものの、その教育的意図・技術書的性格は、実質的にウィトルウィウスを継承し、アルベルティに先駆けるものとの結論に達した。
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