フラーレンの電荷移動錯体、なかんづくC_<60>と有機ドナーであるテトラキス(ジメチルアミノ)エチレン(TDAE)から成る有機電荷移動錯体が、16-17K付近で強磁性転移を起こすことが発見されたのは1991年のことであった。これ以来、A_3C_<60>の示す超伝導性ほどではないにせよ、その強磁性の本質を探る種々の実験的研究が行われてきている。しかしながら、追求すればするほど、この強磁性転移の本質は通常のものとは異なる様相を示すことが明らかになりつつあった。 本研究は、このようなフラーレンの電荷移動錯体における強磁性の発現機構の解明を目指して理論的研究ならびに実験的研究を実施したものである。そのなかには、C_<60>のアニオン状態の電子的特異性、TDAE-C_<60>錯体結晶における磁気相関の本質、C_<60>類縁物質アニオンの電子状態などの理解を深めるための研究も広く含まれている。本研究成果は、別途、研究成果報告書に記載するところであるが、その骨子は、この種の電荷移動錯体における強磁性は通常のものとはかなり異なり、むしろスピングラス的挙動を示すものと理解したほうがあるかに自然であることを強く示唆したことである。 特にTDAE-C_<60>錯体について、磁場印加履歴現象を観察するために詳細な磁化率測定を実施し、当該物質がスピングラス的挙動を示すことを明瞭にした。またこの実験結果に基づいて、シェリントン・カ-クパトリックモデルを用いて磁化の温度依存性を理論的に解析した。さらに、いくつかの理論的解析により、TDAE-C_<60>錯体における分子間強磁性的相互作用について追求し、その本質がC_<60>のアニオン同士の空間的配向に強く依存することも新たに見い出している。以上のような知見により、フラーレンの電荷移動錯体の電子物性の研究には一段とはずみがつくものと期待できよう。
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