我々はこれまでに高分解能電子顕微鏡を用いてナノメータースケールの超微粒子や超薄膜の生成機構、構造、物性、固相反応等の研究を行ってきた。とりわけ有機薄膜の重合過程や反応過程に関する研究においては反応機構に関するこれまでの研究方法では得られなかった新しい多くの知見を見出してきた。しかしながら化学反応の多くは溶液中で起こる事が多く、溶液内に存在する分子のあるがままの姿を直接観察したいという要求がでてきたのも必然の成り行きであった。本研究ではそのような要請に応えるため、高分子等を含む水溶液内での化学反応を直接観察する電子顕微鏡法を開発することを目的として行われた。 一般に電子顕微鏡の試料室は高真空に保たれている。そのため試料は完全にドライな状態に置かれ、溶液等は乾燥してしまう。そこで本研究では試料を急速凍結するシステムと極低温試料ホルダーを有する電子顕微鏡を組み合わせることにより試料を溶液中に存在する状態に保ったままで電子顕微鏡観察を行う方法を試みた。すなわち試料高分子を含む溶液を液体プロパンを用いて2000度C/secという高速で冷却する事によって非晶質氷として固定し、そのまま温度を上昇させることなく液体ヘリウム温度に冷やされた電子顕微鏡試料室に移送し観察を行った。 この方法によりポリピロールの溶液内化学重合の観察や溶液内超微粒子を保護している水溶性高分子のミセルの構造化過程等の観察に成功した。これらの観察結果は試料を乾燥して観察した結果得られたこれまでの知見とは異なっており、今後本手法は溶液内で起こる現象の本質追究に際して益々重要な研究手法となるものと期待される。とくに化学反応機構の研究には大きく寄与するものと思われる。 極低温電子顕微鏡法による氷包埋試料の観察法は有機試料の電子線照射損傷を極力抑制するという効果もあり、高分子結晶の観察や生体物質の観察さらには含水結晶や低温相構造の解析にも非常に有効であるという結果も再確認された。これまでの成果はすでに国際会議や国内会議において発表すると共に英文国際誌にも公表されている。
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