蛋白質因子間でのHis-Aspリン酸転移反応を基盤としたシグナル伝達機構は、当初バクテリアにおける環境応答と情報伝達機構として発達された。現在では、この情報伝達系はバクテリアのおける最も普遍的な情報伝達機構であることもわかっている。最近になって酵母や高等植物などの真核生物においても同様の情報伝達機構が存在することが明らかになるにつれて、さらに大きな注目を集めるようになってきた。この情報伝達機構には、「トランスミッター」とよばれるHis-部位での自己リン酸化能をもつ蛋白質ドメインとAsp-部位でのリン酸基受容能をもつ「レシーバー」とよばれる蛋白質ドメイン間でのリン酸転移が情報伝達の基盤になっている。これらに関する分子生物学的な知識基盤は十分に確立されつつあるが、まだ構造生物学的な情報を基にした分子機構の理解には至っていない。このような背景を基に、本基盤研究計画で我々がとりあげたのは、EnvZ-OmpR情報伝達系である。EnvZは浸透圧センサーとして機能するHis-キナーゼであり、OmpRはレシーバー領域をもちリン酸化によりその機能が制御される転写活性因子である。最終年度を迎えた本研究計画では、我々は一貫してEnvZ-OmpRリン酸転移情報伝達系の分子機構を構造生物学的に視点から理解するための努力を積み重ねてきた。その結果、この四年間に以下に要約するような多くの成果を得ることができた。 上記の目的に沿った研究の成果の重要なポイントを箇条書きに列挙すると以下のようになる(図参照)。 (1)OmpRリン酸化から転写活性化に至る分子ステップを分子遺伝学的手法を駆使して明らかにした。 (2)「トランスミッター」と「レシーバー」に加え、第三番目の普遍的His-Aspリン酸転移情報伝達ドメインを発見した(HPt-ドメインと名付けた)。 (3)HPt-ドメインの高次構造をX-線解析により決定した(奈良先端大・箱嶋との協同研究)。 (4)HPt-ドメインにはたらくホスホヒスチジンホスファターゼを見いだして、SixAと名付けた。その高次構造も決定した(奈良先端大・箱嶋との協同研究)。 (5)OmpRのDNA認識ドメインの高次構造をX-線解析により明らかにした(北大・田中との協同研究)。 これらを基にして、His-Aspリン酸転移情報伝達分子機構の普遍的理解を深めるために大きく貢献することができた。
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