近年、魚類養殖場において、残餌や養殖魚の排泄物を原因とする自家汚染が深刻な問題となり様々な底質脂標を用いた底質環境調査が行われているが、環境微生物に関する報告例が非常に不足している.本研究では広島県東部魚類養殖場をその周辺の非養殖区を対象として、それぞれの底質指標と底泥内微生物バイオマス、微生物群集構造を実測し、底質の悪化と微生物群集構造の変化の関係を考察した. 観測点を養殖場区に8点、非養殖区に3点、計11点設け、現場観測は1995年秋、1996年冬、春、夏の計4回行った.底質指標として泥温、pH、酸化還元電位、強熱減量を測定した.底質中微生物バイオマスの指標としてリン脂質量、リン脂質脂肪酸(PLFA)を分析した観測の結果より、魚類養殖場内では非養殖場と比較し、酸化還元電位が低く、有機物量、硫化物量が高く、自家汚染の進行をが明らかになった.微生物バイオマスの指標であるリン脂質量は非養殖場区と比較し、養殖場区で有意に高かった.また、養殖場間でもリン脂質量に差がみられ、養殖行為による底泥への有機物負荷の違いによるものと推察された.そこで、室内実験を行ったところ、残餌などの有機物が堆積物中の微生物バイオマスに影響を与えることが実験的に明らかになった. PLFA分析の結果、37のPLFAが検出された.このうち、微生物グループごとに特徴的なバイオマーカーPLFAを取り出し、以下のグループに分けたポリ不飽和PLFA(微小真核生物)、16:1、18:1、17:1(バクテリア一般)、10Mc16:0(Desulfobacter sp.)、Br17:1(Desulfovibrio sp)、i+a15:0、i+a17:0(硫酸塩還元菌を含む嫌気性菌).その結果ほとんどのバイオマーカーPLFAが養殖場区で有意に高かった.特に硫酸塩還元菌のバイオマーカーPLFAが養殖場内で高いことは養殖場内で硫酸塩還元過程が進行していることを示した. 本研究海域の11定点をリン脂質年間平均によって、統計的に差のある4グループに分けたところ、最もリン脂質量の低いレベル(30nmol/g以下)には養殖場周辺部の測点が、また、最もリン脂質量の高いレベル(100nmol/g以上)には養殖年数が長く、また1年中活発に養殖を行っている養殖場内の測点が含まれた.特にリン脂質が100nmol/g以上となるとBr17:1などの硫酸塩還元菌のバイオマーカーが急増し、底質環境の悪化していることが示された. 以上より酸化還元電位が高く、有機物量、硫化物量が低い非養殖場区ではリン脂質量は低いのに対し、酸化還元電位が低く、有機物量、硫化物量が高い養殖場区ではリン脂質量が高い傾向がみられ、自家汚染の進行に応答して微生物も変化していることが明らかとなった.
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