スルメイカは直径1mにもなる巨大な卵塊を生み、卵塊内の受精卵は1週間ほどで孵化する。本研究ではこの卵塊を包み、卵を保護しているゲル状の膜(主に卵塊膜ムチン)とその前駆体と推定される包卵腺粘質ムチンの諸性状を調べた。 1.卵塊膜は約75%以上がムチン型糖タンパク質で、希アルカリ処理で容易に可溶化され、50-60%のエタノールで沈殿として単離された。この卵塊膜ムチンは分子量約300万に及ぶ巨大分子で、タンパク質14%、アミノ糖43%および中性糖43%から成り、アミノ酸の90%以上は、Thr、Pro、Ileが2:1:1のモル比で存在する特異な一次構造をもつ。さらに、包卵腺ムチンと極めて良く類似した諸性状を示す事から、卵塊膜は主に包卵腺ムチンに由来することが判明した。 2.次にムチンの糖鎖構造を明らかにするため、包卵腺ムチンの糖鎖を80℃-9時間の気相ヒドラジン分解で切り出し、N-アセチル化の後、主要な中性糖鎖の一つをバイオゲルP-4カラムで単離した。この主要糖鎖の構造を質量分析法とNMR法で調べると、Calの2、4および6位にそれぞれFuc、4-O-Me-Glc(新奇糖成分)および4-O-Me-GlcNAc(新奇糖成分)の結合した特異な分岐4糖で、脊椎動物のムチン糖鎖とは全く異なるユニークな糖鎖であった。なお、この糖鎖はタンパク質部分のThrに結合する糖成分として知られるGalNAcを欠き、ムチン型糖鎖としては異例である。ヒドラジン分解による副分解の可能性があり、今後のさらなる検討が必要であろう。 以上のごとく、これまでにほとんど研究例のない無脊椎動物のムチンとして、スルメイカの包卵腺および卵塊膜ムチンの特異な性状を明らかにすることが出来た。
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