研究概要 |
雌マウスは、交尾刺激を引き金として交尾相手の雄の尿中フェロモンに対する記憶を形成する。この記憶形成には交尾直後の副嗅球におけるノルアドレナリン代謝回転率の増加が不可欠である。副嗅球ノルアドレナリン線維は青斑核に由来する。青斑核ノルアドレナリン神経は,嗅球に限らず,脊髄,小脳,海馬,大脳皮質などへ広く投射している。ところが,交尾直後のノルアドレナリン代謝回転率の増加は大脳皮質には認められない。すなわち,記憶形成に必要な副嗅球ノルアドレナリン代謝回転率の増加には,副嗅球内の局所回路がかかわると考えられる。申請者らは,この役割を果たす情報分子の候補として一酸化窒素(NO)に注目した。 NO/cGMP信号系が小脳の長期抑圧に重要な役割を演じている。小脳の顆粒細胞と同様に副嗅球の顆粒細胞にもNO合成酵素の活性が高い。NO発生剤,あるいはNO合成の基質であるL-アルギニンを副嗅球へ注入すると,交尾刺激なしで,嗅がせた匂いに選択的な記憶が形成される。このNO発生剤による記憶形成は,α-ブロッカーであるフェントラミンで阻止される。また,交尾前に副嗅球のノルアドレナリン線維終末を6-ヒドロキシドーパミンで破壊しておくと,もはやNO発生剤の記憶形成作用は認められなくなる。さらに,L-アルギニンによる記憶形成は,細胞内に取り込まれないヘモグロビン(NOスカベンジャー)によって阻止される。以上のことから,匂い受容により興奮した顆粒細胞で合成されたNOが細胞外に出て,ノルアドレナリン線維終末に作用してノルアドレナリンの放出を促進し,引いては記憶形成へと導くと考えられる。
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