研究概要 |
組織特異的遺伝子の発現はその発現にポジティブに働く転写因子とネガティブに働く因子との相互作用により制御されていると考えられるが、それらの転写因子の遺伝子の発現も細胞分化・発生の過程でやはりポジティブあるいはネガティブに階層的に制御されているものと推測されている。われわれはこれまでマウスT細胞リンパ腫にマウス線維芽細胞を融合すると、T細胞受容体(TCR)α,β、CD3δ遺伝子およびlckがん遺伝子などT細胞特異的構造遺伝子の発現が、遺伝子の存在にも拘わらず抑制されることをいくつかの英文論文として報告してきた。従って、非血液細胞には血液細胞特異的構造遺伝子の発現を積極的に抑制するネガティブ制御機構の存在することが推察される。平成8年度はこのT細胞特異的構造遺伝子発現のネガティブ制御機構を、それらの遺伝子の発現に関わる血液細胞特異的転写因子の発現の点から検討した。また、B細胞の系についても同様の検討を加えた。 血液細胞特異的転写因子遺伝子であるLEF-1,TCF-1,GATA-3,Ikaros/LyF-1,Elf-1,Fli-1,c-mybの発現は、マウスT細胞リンパ腫(EL4)にマウス線維芽細胞(B82)を融合すると完全に抑制された。両親細胞に発現していたPEBP2αB(AML1),c-ets-1,c-ets-2,E2A,Sp1の転写因子遺伝子の発現は抑制されなかった。一方、マウスミエローマ(S194)細胞にマウス胚性腫瘍(F9)細胞を融合すると、両親細胞で発現していたc-ets-2,c-myb遺伝子の発現は抑制されなかったが、免疫グロブリン遺伝子の発現に関与するPU.1/Spi-1,oct-2転写因子遺伝子の他、Spi-B,Fli-1,c-ets-1のetsファミリーがん遺伝子の発現は抑制された。また、F9細胞に発現していた胚細胞特異的転写因子遺伝子Id-1,oct-3は雑種細胞でも発現されていた。従って、非血液細胞には血液細胞特異的転写因子遺伝子の発現を抑制することにより、血液細胞特異的構造遺伝子の発現を抑制する機構が存在するものと推測された。これらの結果は現在英文論文として執筆中である。平成9年度はこの上位からのネガティブ制御機構の分子機構の実体をさらに明確にすべく実験を進める予定である。
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