チミン塩基に選択的に結合する亜鉛サイクレン錯体と、ウイルスDNAの転写領域に存在するTATAboxを含む19mer二本鎖DNAをはじめとする、数種の直線型およびヘアピン型オリゴマーDNAとの相互作用を詳細に調べた。ATリッチな配列を含む二本鎖DNAオリゴマーに対して亜鉛錯体を添加すると、濃度依存的にDNA二本鎖構造体が不安定化し、その融解温度が低下することが判明した。一方、銅およびニッケル錯体の場合には、融解温度の上昇が観察され、融解温度の低下は亜鉛錯体に特異的な現象であることが明らかとなった。AT塩基対の割合が異なる二本鎖DNAオリゴマーについても同様の融解実験を行い、亜鉛錯体のATリッチな二本鎖DNAに対する特異性が明らかになった。また、融解が起こらない温度における軽水中のイミノプロトンNMRの結果も、亜鉛錯体の添加によりAT塩基対の解離が誘起されることを強く支持した。一般的に、二本鎖DNAの核酸塩基に結合する化合物は、塩基対を解離させ融解温度を低下させることが知られている。亜鉛錯体もチミン塩基に結合することにより、二本鎖構造を不安定化していると考えられた。生体内では大きな蛋白質が複雑に集まってDNAをほぐしその情報を引き出しているが、本研究は人工の小さな化合物が遺伝子を活性化できる可能性を示している。また、本研究では、どのような塩基配列に対しても相補的に結合できる自己集合型アンチセンス人工DNAを構築することを目的とし、核酸塩基および二つの金属結合部位を分子内に有する4種類(それぞれA、T、G、Cに対応する)のモノマーを合成した。本法は、一本鎖DNAを鋳型とする機能性分子の配列制御や、二本鎖核酸を鋳型とするロタキサン型大環状リングの構築にも展開できる適用性の高いものである。
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