ラット胃粘膜に胆汁酸の一種であるタウロコール酸(TC:20mM)を30分間適用することによって上皮細胞傷害を発生させ、その前後の酸分泌変化ならびにその調節機序について、特に管腔内Ca量の変化との関連性を中心に検討し、以下の結果を得た。1)TCの胃粘膜適用により酸分泌は抑制されるが、この変化はNO合成阻害薬(L-NAME)の前処置により完全に拮抗され、酸分泌は促進反応に転じた。2)L-NAME処置下において観察された酸分泌促進反応は、シメチジン、DSCG(肥満細胞安定化薬)、および知覚神経麻痺により抑制された。3)TC適用後、管腔内Ca量の増大と共にNOの胃腔内遊離量は増大するが、前者はEGTAとTCの同時適用により抑制され、また後者はL-NAMEおよびEGTAのいずれの処置によってもほぼ完全に抑制された。4)EGTAとTCの同時適用は、NO合成阻害薬の前処置と同様に、TCによる酸分泌抑制に対し有意な拮抗作用を示した。5)EGTAの同時適用によって観察される作用は、5mM CaCl_2の併用適用により有意に拮抗され、TC適用後には管腔内へのNO遊離量の増大、および酸分泌の減少が再び認められた。6)さらに興味あることに、NO合成阻害薬の酸分泌に対する増大作用はプロスタグランジン(PG)合成阻害薬であるインドメタシンの併用処置により部分的ではあるが有意に抑制された。ただし、NO合成阻害薬自身にはインドメタシンによるPG低下には影響を与えず、またインドメタシンはL-NAMEのNO合成阻害に対し影響を及ぼさなかった。7)L-NAME処置ラットではTC適用後の管腔内ヒスタミン遊離量が増大するが、このような変化はインドメタシン処置により有意に減少していた。勿論、L-NAME処置下にTC適用によって生じる管腔内ヒスタミンの遊離は知覚神経遮断、DSCG、およびスパンタイドなどにより有意に抑制された。以上の結果より、a)胃粘膜への軽度の傷害は、管腔内Caの上昇とNOの遊離を促し、結果的に酸分泌を抑制するものと推察される。b)この過程は恐らくCa依存性NOS活性により産生されたNOにより仲介されるものと考えられる。c)また、傷害胃粘膜では酸分泌の促進系も活性化されており、この機構には粘膜肥満細胞から遊離されるヒスタミンによって仲介されるものと思われる。また、このヒスタミンの遊離過程にはカプサイシン感受性知覚神経/サブスタンスPに加えて、PGも関与することが推察された。
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