エネルギー付与密度が高い放射線を照射すると、吸収エネルギー(吸収線量)あたりの生物細胞に対する効果は大きくなる。我々は高密度電離した時に高い密度で生成した水ラジカルが再結合してしまう様な局所的な領域での反応が高い生物効果を示す原因となっていると考えた。濃厚水溶液を用いれば上記の様な局所的な領域内に溶質分子を送り込むことができる。本研究の目的は、濃厚水溶液における生体分子の放射線分解の電離密度依存性を調べることである。 さきに我々はアデノシン三燐酸(ATP)の濃厚溶液を用いて、我々が提唱している水溶液中では異なる性質の反応場が存在しているという仮説と矛盾しないという結果を得た。さらに仮説によれば高密度電離した領域ではDNAの二重鎖切断が一重鎖切断に比べて効率良く生成することが推測される。そこで平成9年度はプラスミドDNAを試料とし、単色放射光のエネルギーを変えることによって電離密度を制御して、二重鎖切断と一重鎖切断の生成効率を調べた。さらに細胞内環境ではラジカルが効率良くスカベンジされる環境であることから、ラジカルスカベンジャを加えた溶液中で、DNAの鎖切断の生成効率を調べた。われわれの仮説ではスカンベンジャは低電離密度領域ではかなり有効であっても高電離密度領域ではそれほど有効でないと有効でないと推測され、その結果として、二重鎖切断はスカンベンジャーを加えても余り抑制されないことが推定される。さらにこの抑制比率は電離密度の変化の違いを反映して、照射X線のエネルギーに依存して変化することも予測された。はたして実験的には、予備的な結果ではあるが、この予測に一致する結果が得られた。
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