前年度の研究実績概要にも述べたが、赤核脊髄路の切断再生モデルは極めて再現性が悪いために今回の実験系として用いることは断念した.それに代って中枢神経系と比較的類似したモデルである幼若動物の舌下神経損傷モデルを用いて、損傷により死へ向かう系のモデルとした.幼若動物の舌下神経損傷モデルは比較的安定しており、神経傷害により神経細胞死に向かう中枢神経系のニューロンと比較的類似した運命をたどる.この系と通常の成熟動物の舌下神経損傷系との比較により、神経生存系と神経細胞死系での神経損傷に対する応答の違いを検討した. 初年度の結果により、通常の成熟動物では、神経損傷に対して特定の遺伝子群が応答していることが明らかになた.それらは、(1)細胞外にあっては神経毒であるグルタミン酸の取り込みや代謝に関連した遺伝子群、(2)フリーラジカルのスカベンジャーシステムに関連した遺伝子群、(3)細胞内の酸化防止のための還元系分子、(4)特定の神経栄養因子受容体群、(5)一部のサイトカイン受容体分子、(6)神経成長因子/サイトカイン受容体の下流に存在する細胞内情報伝達関連分子、などであった.これらのうちのいくつかに関して幼若動物の神経損傷後に遺伝子発現を検討した.その結果、神経成長因子受容体のうちLIF受容体やGDBF受容体α鎖において、神経損傷後の発現が成熟動物と幼若動物で全く逆の応答を示すことが明らかになった.すなわち、損傷後神経が再生する系ではこれら受容体が著しく産生されるのに比べ、神経細胞死へ至る系では産生が抑制される.さらに、神経型のグルタミン酸トランスポーターであるEAAC1においても同様の結果が得られた.以上より神経が損傷後に生存するために必要な分子群の発現応答は個体発生の時期によってかなり異なり、それが損傷神経の運命を左右すると予想された.
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