研究概要 |
顎口腔系の健全性と正常な機能の維持が高齢者のQOLを確保するための基本的因子であることの報告が多くなされており,咬合・咀嚼機能の維持が重要視されている.さらに,確実なインフォームド・コンセントの必要性が強調されており,咬合治療や義歯補綴治療を行う場合においても,その効果と限界を患者に対して十分に説明する義務が生じている.このためには,咬合・咀嚼機能を客観的に評価し得る方法と基準の確立が不可欠でり,顎口腔系を歯(顎粘膜),筋,顎関節,中枢神経系(大脳皮質,脳幹など)からなる「機能的咬合(咀嚼)系」として捉らえなければならない. 本研究においては,咀嚼機能に関与する生物学的因子の一つである患者自身の有する神経筋制御能力の客観的評価法を確立するために,顎口腔系に自覚的および他覚的な異常の認められない正常有歯顎者を被験者として,習慣性咀嚼側における3gのピ-ナッツ咀嚼を行わせ,三次元的な下顎運動軌跡,二次元的な舌運動軌跡および篩分法による咀嚼効率を測定・記録した.なお,記録に際し,被験者には全部床義歯の舌側末翼を想定した実験床を製作し,本装置の装着前,装着直後,1,3,6,12,24,48時間後における8時点での記録を,デンタルプレスケールによる最大咬合力および咬合接触面積の測定と併せて行った.本研究結果から,正常者においては実験床装着により咀嚼効率は顕著に低下し,実験床の装着時間の経過とともに速やかな回復が認められた.舌運動の上下的,左右的移動量も咀嚼効率同様の経時的な推移を辿ったが,下顎運動の上下的,左右的,前後的移動量は減少するものの,咀嚼効率,舌運動ほど顕著な変化ではなかった.これらの結果および平成8年度の結果から,舌運動能力は咀嚼効率に大きく影響し,下顎運動能力は咬合の安定に大きく影響することが示唆された.
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