これまでの西田哲学研究は、前期の「純粋経験」および中期の「場所の論理」を中心に、主として独自の東洋思想とし観点から論じられてきた。また後期西田哲学に関しても、宗教哲学の側面のみが強調されてきたきらいがある。しかし、1930年代半ば以降の西田哲学を論じる際に、科学哲学の領域を無視することはできない。そのことは『哲学論文集第六』の目次を見るだけでも明らかである。本研究は後期西田哲学の科学論に焦点を合わせ、これまで取り上げられることのほとんどなかった西田の科学哲学の現代的意義を探ることにある。本年度は特に、後期西田哲学の鍵概念である「行為的直観」の内実を解明し、それを基盤にした生命論を今日的視点から再構成することに力を注いだ。 「行為的直観」の概念は「ポイエ-シス」とも言い換えられているように、人間の身体的実践を基盤にした認識であり、西田はその典型例を科学実験の中に見ている。その点からすれば、「行為的直観」は神秘的なものではなく、むしろライルの「遂行的知(knowing how)のポラニ-の「暗黙知(tacit knowledge)」と重なり合う概念であり、十分に現代の科学哲学の中にその位置を要求しうるものである。 西田は未完に終わった論文「生命」において、ホールデーンの生物学に依拠しながら、機械論でも生気論でもない第三の道を探究した。それは、生命を環境から独立の「実体」としてではなく、内的環境と外的環境との間に成立する固有の「関係」として把握する道である。その関係を生命の自己組織化、すなわち「ゆらぎを通じての自己形成」として捉えるならば、西田の生命論は優れて現代的意味をもちうることになろう。
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