研究概要 |
本年度は第一に、科学と技術の関係をめぐる問題を取り上げた。科学と技術の関係に関して、「科学が発見し,産業が応用し,人間がそれに従う」という一方向的な影響関係のなかで科学と技術を見る見方は、現在では神話的として批判されており、それに代わる見方がさまざまに提起されている。しかしながら、それらの試みは、必ずしもいまだ説得的なモデルを提供するまでには至っているとは言いがたい。その一つの理由は、科学と技術の関係が歴史的状況によってさまざまな形態を取るため、一義的な関係を見て取ることが困難な点があげられる。しかし、同時に、歴史的な考察を行うときにも、「科学」と「技術」という包括的な概念を前提とするため、具体的な現象が見て取りにくくされてしまう点をあげることもできる。この困難を乗り越えるためには、科学との結び付きを語る前提として、技術自身がいかなる認知的特質をもっているか、を見極めておく必要がある。これは技術の「認識論」とも呼びうる課題であり、技術哲学の最も重要な課題であるが、これまでは、技術の応用科学説を取る論者を除くと、ほとんど議論されてこなかった。以上のような観点から本研究者は、技術的環境が認知の獲得・維持・伝承にとっていかなる役割をもつかという点を明らかにする課題、「人工物の現象学」と呼びうる課題を提起した。そして、その課題へ取り組むために、R・グレゴリーやD・ノーマンといった心理学者/認知科学者の仕事から手掛かりを探ること、また、G・ライルやプラグマティストらの知識観の変換の意義を再評価すること、などの必要性を明らかにした。
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