本研究課題は、申請者のこれまでの研究成果である「自然の時間と詩学の時間」を踏まえて、アリストテレスの生物学関係の著作を〈時間〉の視点から読み直すところにあった。その研究成果は、報告書(冊子体)としてまとめることができた。 アリストテレス哲学の基底概念である「現実態」(エネルゲイア)は、その対概念である「可能態」(デュナミス)とともに、〈時間〉的様相をもつ。アリストテレス哲学において、現実態概念が生命的活動の原理としての〈プシューケー〉に最深部で連動していることも疑いをえない。本課題は、主に『霊魂論』を対象として、現実態ー時間ー生物の関係の解析を試みるところにあった。時間的・有限的な存在である生物において現実態がどのように機能しているのかを探ることによって、アリストテレス哲学全体の基本的洞察はもとより、われわれ自身の生命観の見直しを図ることが、そのねらいであった。 本研究、ことに本年度の論文は、われわれの常識が抜きがたくもっている「〈物〉からの思考」(原子論的思考枠)からの段階的な離脱が、「プシューケー」の漸進的定義によって企図されていることを明らかにした。これによって、現実態および時間の捉え方を物的レベルから開放するための準備が整えられ、アリストテレスが〈形相〉として提示するプシューケーの機能が新たな視野のもとに展開されることになる。アリストテレスのこの原基的洞察は、〈自然〉〈生命〉〈環境〉等々に関して再考を迫られているわれわれの指針の一つとなりうるものである。 なお、反省点としては、『アリストテレス著作集』全体を視野に入れるまでには至らなかったことを挙げなければならない。今後の科研費等において、残された課題も含めて、本研究の課題を継続し、より充実したかたちに仕上げたいと考えている。
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