本研究の目的は、大乗仏教中観派の代表的な学匠であるチャンドラキールティの主著『プラサンナパダ-』に散見される論理学的な議論をインドにおける論理学の発展という歴史的な視点から検討することにあった。そのため、既に入力されていた『プラサンナパダ-』の電子テキストをドゥ・ラ・ヴァレ・プサーンの批判的校訂本と対比して校正する作業を行った。次に、この電子テキストを用いて、同書中にインド論理学の術語がどのように使用されるかを検索し、主要なパッセージを収集した。特に、チャンドラキールティが先行する中観派の学匠バ-ヴィヴェーカの「諸法不生論証」を批判し、ディグナーガの論理学批判を展開する第1章に関しては、従来のテキスト校訂・翻訳の修正を試み、新訳を準備した。その結果、バ-ヴィヴェーカの「自立論証」に対して「帰謬論証」を確立したことで知られるチャンドラキールティが、当時の佛教論理学の諸理論に精通していたことが、ディグナーガの原典からの引用を同定する事などによって証明された。さらに、論証の正当性を吟味する際に、インド論理学の誤謬論の術語を駆使していることも明らかとなった。一方、チャンドラキールティがディグナーガの最大の後継者であるダルマキールティの論理学を知らないことも判明した。ダルマキールティの出現は、チャンドラキールティが必ずしも直ちに、後代に見られるような影響力を持たなかった遠因となったのであろう。今後は、再びナーガールジュナの『中論頌』の包括的な研究に取り組みたい。
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