A.コンピュータを使って身体に関する文献を初期仏教のガーター文献において調査した結果、初期仏教における身体の位置づけは大きくわけて、3つの場合に分類されよう。 (1)身体を我またはわがものとみなしてしまうことの問題を述べる場合。これは、名称と形態に対する「執着」として、しばしば指摘され、それを捨てることが力説される。そして、この身体が「最後の身体」となることが、求められている。 (2)身体が老いや死と結び付けて考えられる場合。人間は、老いや死を避けられないが、これを身体の問題として明らかにし、身体と心との対比において問題を明確化して、徳(Dhamma)の問題へと問題解決の視点を移していく、というのが初期仏教の特色である。 (3)身体を「不浄なもの」と見て、不浄な身体を観察することを通して智慧を磨き、覚りに到達することを目指す場合。これは、修行の一環として、身体を利用することであり、食事の量を控えること等を含めて、修行の初期段階に身体の観察を位置づけている。 (4)身体の観察が念の確立と密接につながる事柄として重視される場合。念ずることは初期仏教において重要な修行であるが、これが身体が結び付けられ、また、呼吸について念ずるというテーマとも関係して身体が重く捉えられることになる。 (田中教照の担当分) B.女子学生へのアンケートとパワーザウルスを用いて撮影し、コンピュータに取り込んだ映像の分析を通して、女子学生が自己の身体特性に対してネガティヴな感情をもち、満足度(Body Cathexis)が幾分低いこと。また、自己および異性の魅力(attractiveness)に対する身体意識の程度も全体的に低く、それは特に異性に対する魅力を考える際において顕著であるという結果が出た。 (北岡和彦の担当分)
|