本年度は昨年度までにおこなった研究成果をさらに精緻化し、有機的に関連させるべく、次のようなテーマについて分析を続行した。 1.<装飾>が美術史研究の対象として構成される論理を、『装飾様式論』をはじめとする美術史家アロイス・リーグルのテキストのうちにたどり、リーグルによる美術史学の基礎づけに対してこの<装飾>という主題がどのように関係し、寄与したかを、『末期ローマの芸術産業』以後のリーグルの業績を視野に収めつつ分析した。2.世紀転換期ウィーンの芸術における<装飾>および<セクシュアリティー>の表現をアドルフ・ロースやオットー・ヴァーグナーといった建築家の作品に即して分析した。3.<セクシュアリティー>をめぐるフロイトの思想のうちに、<装飾>という主題と関係する要素を探求した。その結果、フロイトの精神分析における<ファルス>という表象が、ロースなどにおける<装飾>の表象と構造的な対応関係にあることが見いだされた。4.オットー・ヴァイニンガーの著作(『性と性格』)における<セクシュアリティー>の分析とそれが同時代の思想家・芸術家たちに及ぼした影響を検討し、ウィーンの知的状況のなかにフロイトの精神分析を位置づけた。これによって世紀転換期ウィーンの思想・芸術が女性のセクシュアリティーをめぐる共通した不安と欲望に支配されている状況が浮き彫りとなった。5.世紀転換期ウィーンの思想・芸術における<装飾>と<セクシュアリティー>をめぐる論理と表象を、反ユダヤ主義などの当時の政治・社会状況との関連のうちに総合的にとらえ、さらに、ワイマール・ドイツの芸術家たち(特に建築家ブルーノ・タウトやミース・ファン・デル・ローエなど)のそれと比較対照することによって、ワイマール文化におけるモダニズム芸術やナチズムを準備した社会思潮への影響と差異を検討した。
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