平成八年度は、合計八回の華夷思想研究会を主催し、関西在住の研究者を中心に近世思想史上における対外観の研究状況などについて意見を交換した。また、平成八年八月には、日韓宗教研究者シンポジウム立命館大学セッションを開催し、大韓民国ソウル大学の研究者と李氏朝鮮・徳川日本の双方における華夷思想の動向について相互理解を深めた。この間、研究テーマに関する史料・文献リストの作成を進め、国立国会図書館、無窮会図書館、成田山仏教図書館、大村市立図書館などでの史料調査・写真撮影・複写などを行った。また、大韓民国から李朝後期朱子学者の文献の購入を進めた。こうした研究活動の結果、次のような知見を新たに得ることができた。先ず第一に、徳川日本における対外観の基本的枠組みである華夷思想は、近代国民国家成立以後の自己・他者認識とは異なる特有の構造・特質を有しており、これまでそうした構造・特質の解明を進めた研究はきわめて少なかったこと。第二に、その認識構造は、主として儒学・朱子学によって基礎づけられたものであるが、知識人社会のみならず、広く社会意識のなかにも影を落としており、その方面での研究も必要であること。第三に、李氏朝鮮下での華夷思想の動向にも、基本的には徳川日本の動向と同様の特質が認められ、その共通性について更なる研究が進められた上で、その相違点の解明が進められるべきこと。第四に、そうした徳川日本、李氏朝鮮の共通性の背景には、明・清王朝交代前後の中国思想の動向が密接に関わっており、次年度はそうした問題への解明を進める必要があること、以上である。こうして得られた知見の基本的問題について、本年度は、『江戸の思想』第四号に「華夷思想の解体と国学的『自己』像の生成」と題した論文を発表し、派生して問題化してくる国学思想や民衆思想における変容の問題についても、それぞれ論文を発表した。
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