本研究は、第一に「空海におけるエコロジーの思想」を基本的資料から押さえること、第二に「現代のエコロジーの思想とその関心」を人間と自然、生命と環境等の問題から捉えること、第三に「現代の科学技術社会の価値観を超克しうる空海の思想性」を提示することにある。 本年度においては、昨年度の研究成果を踏まえて空海のマンダラの思想を中心に、彼の自然観・宇宙観について研究した。その成果として、空海のマンダラ思想、すなわち一切の存在者を自然の調和的秩序・コスモスの中に位置づけると同時に、それらの存在者の多様性・個性を認めるという思想が近代の人間中心の秩序いわば理性的秩序とは対照的な秩序、すなわち人間を相対化する包括的秩序を明かしている思想であることを明らかにすることができた。このことは、現代の環境問題やエコロジーの問題を考えるとき、空海の密教思想にある論理は、科学的な論理性を超克できる唯一の論理であると思える。 本年度は、空海のマンダラの思想および古代律令国家における彼の自然観の独自性について研究し、その成果を論文で発表した。(一部については、本年度中に発表されることになっている。)その知見としては、理性中心の思想と論理の限界を超克できるのは、宗教的思考と価値観であることが明確になったことである。人間理性はアンチテ-ゼ・批判の視点を持っているが、非合理を包括できる新しい全体的秩序をテ-ゼとして構成することに限界がある。それができるのが宗教であり、とくにエコロジーの問題では密教の自然観であり思想である。その意味で、空海の思想の現代性をあらわにすることができたのは、成果であったと思う。今後の問題として、基礎研究を社会に発信する作業がある。
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