三年目にあたる今年度はおもに、西洋のルネサンスから現代までの自画像の問題を中心に研究が進められた。従来、自画像は、それを描いた作者の伝記的なアプローチや、西洋における近代主義的な「自我」や「主体」の形成という観点から論じられることがほとんどであったが、そういった固定した概念をむしろ反省的に問い直すことが、本年度の研究の主眼となった。具体的には、自画像を描くときに画家がほとんどの場合用いる鏡ないし鏡像をめぐる問題、ラカンの「鏡像段階」という理論に象徴されるような「主体」の形成にかかわる精神分析の考え方、人称をめぐる言語理論等が、新しい自画像研究の視点として採用された。また、自画像を描いている自分自身を描くという、制作のシナリオを提示しているメタ絵画的な自画像の構造もまた分析された。さらにジェンダー論の視点から、女性の自画像についても考察された。 対象となったのは、具体的に、十五世紀のイタリアおよびフランドルの絵画から、十六世紀のデューラー、ティツィアーノ、パルミジャニーノ、バロック時代のカラヴァッジョ、アンニバレ・カッラッチ、アルテミシア・ジェンティレスキ、レンブラント、プッサン、フェルメール、近代・現代では、クールベ、ダヴィッド、マネ、ドガ等々である。その成果の一端は、1998年10月に京都大学で開催された美学会の全国大会において「自画像という〈病〉」という表題で口頭発表され、さらにこの美学会全国大会のテーマ別研究報告書『美学・芸術学の今日的課題-日本における美学・芸術学の歩みと課題+〈病〉の感性論-』に掲載された。
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