研究代表者がこれまでに撮影した、アジャンター壁画のスライドをデジタル画像化し、技法と様式の分析がし易いように画像を補正して、モニター画面で見難いものについては焼き付け写真を作成し、観察と検討を始めた。ただ研究代表者が集めたスライドはかなり充実しているものの、若干欠けたところがあり、今後出来る限り完全な形で研究を進められるように、平成8年11月に、アジャンター石窟において写真撮影を敢行するとともに、現地調査を実施した。渡航と帰国後の資料整理のため、スライドのデジタル画像化およびその観察・検討がいく分遅れたが、来年度以降の研究資料が、ほぼ完全なものとなった。 本年度特に重点を置いたのは、大きく前期・後期に区別できるアジャンター壁画のうち、前期壁画に関する技法・様式の分析と制作年代の検討、および後期壁画の初期作例に関する様式・技法の分析と石窟における分布の解明であった。結論として言えるのは、次のとおりである。 まずアジャンター前期壁画は、今日まで言われて来たこととは違って、暈取りが既に多用されている点が明らかになり注目される。制作年代については、今日まで定説化していた西紀前2世紀説は全くの誤りで、後1世紀前半から中頃と推定出来る。また後期壁画の初期作例は5世紀後半の制作になり、第9・10・11・16・17窟に分布している。これらの壁画は、諸側面からの研究の結果、様式と技法の点で、5世紀半ば頃にあったインド壁画の完成期の状況を良く保存していると推察される。すなわちインド絵画史にとって極めて貴重な作であることが判明した。
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