本年度様式的研究を集中して遂行したのは、前年度に既に着手していた、アジャンター後期壁画の初期様式作例と、それに続くアジャンター第17窟、第19窟および第1・1窟壁画である。 後期壁画初期様式作例については、第9・10・11・16・17窟等、限られた窟の特定部分にしか残らないものの、慎重に様式を分析した結果、大半が5世紀後半の第一級の画家によると言える。取り分け第9窟内の後壁に残る壁画は、前期石窟に後から描き加えられたものながら、また時期が遅れる加筆が見られるけれども、当時の最高の画家が描いたと言って良いほど、洗練された高度の画技が認められる。かかる点は、今日まで全く明らかにされていなかったが、インド絵画史にとって非常に重要な事実である。 アジャンター第17窟壁画は、一部に見られる初期様式作例を除外して、5世紀半ば前後の古典様式から、様々な道筋を取りながら、新たな様式へ変化して行く過渡的段階の前半に当たると見做し得る。さらに第19窟壁画は、同じ過渡的段階の後半として位置付けられる。そして第1・2窟壁画は、様式的にある面多様ではあるが、変化が完了し新たな様式の完成を示していると捉えることが可能である。 新様式が古典様式と異なる点としては、まず絵画の諸要素が互いに保っていた均衡が破れ、描線が太く目立つようになり、同時に暈取りのコントラストが強くなったことが挙げられる。さらに人物の表情が誇張され、性的描写が強調されるようになったことが指摘出来る。換言すれば、普遍性を持った古典様式が廃れ、よりインド的特質がはっきり呈示された様式が成立したのである。
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