高齢者を取り巻く心理学的問題の一つに、世代間のコミュニケーションの困難さがある。困難さの原因として直接的には相互の感情をうまく伝えあえないこと、つまり感情表出とその判断における加齢による変化や世代間の差異が重要と考えられる。このような視点から、本研究では表情を撮影・分析することなどによって、高齢者の感情表出における特徴を明らかにするための基礎的な知見を得ることを目的にした。 本年度は、65歳以上の男性10名と女性15名の表出者が演じた表情写真の分析を中心に行い、これまでの研究の成果をまとめた。各表出者は、幸福、悲しみ、怒り、恐れ、嫌悪、驚き、軽蔑、真顔の8種類の表情をそれぞれ4回ずつ演じ、そのすべてを写真に撮影した。感情ごとに自己評価が最も高い表情を選び、表情鑑定システム(MAX)を用いて実験者2名がコード化した。さらに、同じ表情写真を、15名に提示し、幸福、悲しみ、怒り、恐れ、嫌悪、驚き、軽蔑の7段階尺度に評定してもらった。 コード化の結果、分析対象となった175の表情のうち、純粋な感情が表れているとみなされたものは20のみであった。感情ごとに見ると、意図通りに表出されたのは幸福だけであり、他の感情については信号が微弱であったり、複数の感情が混合したものとなっていた。また、大学生による尺度評定の結果、幸福、悲しみ、怒り、驚きの表情は認識されたが、嫌悪、恐れ、軽蔑の表情からは意図した感情が認識できないことが分かった。予想に反して、性別による差は見出されなかった。 これらの研究結果を大学生を対象にした先行研究と比較すると、高齢者では大学生に比べうまく作れる表情が少ないが、この差が加齢による筋や神経系の老化によるものなのか、感情表出に対する世代間の意識の違いを反映したものなのかについては、今後の研究の課題である。
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