本研究の目的は、我が国近代(特に明治末期から昭和戦前期)に展開された民間の健康文化と実態を明らかにすることであり、同時に今日の民間の健康文化への影響を検討しつつ、今後の我が国での新たな健康文化の形成にとっての意義を考察することであった。また当時の健康文化は近代医学に対抗する性格を含んでおり、健康観・身体観・病い観、さらに治療観に特色のあることから、これらを代替的癒しの実践としてとらえ直して考察した。 その結果、代替的癒しの実践は多様な内容と成立の経緯を有しており、今日に影響を残すものも少なくなく、さらには一部が国際的な民間健康文化にまで発展しつつあることが明らかとなった。代替的癒しの実践を類型化してみると、まず目的からは強健法、保健法、治療法に大別されるが、これらは近代医学・医療との関係で見たとき、特徴がより明確になる。すなわち、目的におていは、健康や医療一般の営みと共通するものの、その手段、理論において近代医学・医療のオルタナティブ(代替)としての性格を有している。たとえば手段に関して、全体として無薬療法を特徴としており、呼吸、身体操作、精神作用を媒介としたり、当時の近代医学では採用していなかった各種機器を用いたりした。理論に関しては、全体として人間本来の治癒力(自然良能)への信頼を特徴としており、また生きている人間のからだへの経験的洞察に基づくものが多かった。これらの内容は、今日のいわゆる生活習慣病の時代において、我々の生き方と健康観全般に対して、なおオルタナティブな意義を有しており、さらにはからだと心の統合的把握のために、新たな示唆を与えるものと思われる。
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