今年度の本研究の目的は、ハンセン病療養所に暮らす入所者個人のライフヒストリーを収集しその分析をすること、さらにその分析から彼らにとって「家族」がどのような意味を持つのかを明らかにすることにあった。 まず、入所者個人のライフヒストリーの収集に関しては、おもに国立療養所菊池恵楓園における聞き取り調査によって、ある程度達成できた。発表論文に明らかなように、そのなかのひとりの男性のライフヒストリーは従来のハンセン病療養所入所者のイメージ-強制収容され、断種され、「家族」と引き裂かれる等々-とは一線を画する一種のサクセスストーリーを描き出していたが、その人生の軌跡は、療養所外の生活におけるハンセン病歴を隠す印象操作の実践、病いの苦しみや療養所に暮らすことの意味についての述懐等の深い告白によって、まぎれもなくハンセン病を病んだ人間のありようを提示していた。また、それからハンセン病療養所入所者の類型分けに寄与する諸特性が明らかになった。 次に、聞き取り調査の結果にハンセン病療養所入所者の「語り」(ラジオ・TV番組や療養所機関誌のインタビュー記事)、手記等の資料を加えて、療養所入所者にとって「家族」とはなにかという問題を考察した。その結果、彼らの多くは療養所入所という事実によって「在郷家族」から引き裂かれ、同時に療養所内における優生手術の実施によって生殖家族をもつことはできず、二重の意味で家族を剥奪されていることがわかった。彼らにとっての「家族」とは、イエとしての在郷家族であり、家郷世界であった。
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