本年度は、ヘルム-ト・ベッカーの教育政策理論の形成過程とその理論が実際の政策へと具体化されていく過程の解明を研究課題としていた。研究の結果として明らかにできた主な知見は以下の通りである。 1、弁護士ベッカーは、田園教育舎ビルクレホ-フ校長のピヒトとの関係を通して、私立学校の自由の法的保障の拡大、南西ドイツにおける私立学校法の制定に尽力した。こうした私立学校の自由と国家の学校統治の関係の再構築という問題との格闘の中から、ベッカーは「教育の自由」を基本原理とする教育思想を構築していった。 2、さらにベッカーは、私立学校との関係に加え、各種の文化・学術団体との関係も築き(特にフランクフルト社会研究所、ドイツ精神分析学協会、ドイツ市民大学連盟など)、アドルノおよびホルクハイマーからは学際的社会科学研究と批判理論を、ビクトア・ヴァイツゼッカーおよびミッチェルリッヒからはフロイトの精神分析学を、市民大学関係者からは成人教育までを視野に入れた広い教育理解を、それぞれ摂取することとなった。こうした人的・思想的交流の中で、ベッカーは人間の自律(オートノミー)を人間形成の基本に据えた教育思想を構築し、それを踏まえて、こうした自律的な人間形成を阻止している。「管理された学校」および国家による官僚主義的な学校管理・教育行政体制の変革と民主化の必要性を主眼とする教育政策理論を展開していった。なお、このベッカーの教育政策理論とドイツ教育審議会勧告との関連構造の分析は十分に行うことができなかったので、次年度の検討課題としたい。
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