3年間の本研究計画期間のうち、教育倫理学構築という展望から、実践倫理学としての教育哲学の学的可能性を問い直す第1年度の作業は、主として20世紀主流教育哲学に対する価値論からの批判的検討に充当された。ここでいう20世紀の主流教育哲学とは、ひとつは"新教育学"と称された児童(学ぶ者)の活動重視教育理論であり、他は"プラグマティズム"すなわちアメリカに生まれた経験主義の教育理論(別名、プラグマティズム)である。前者は後者と重複する面もあるが、科学主義という尺度からみれば後者の方が厳正な理論的基礎づけを有している。両者とも、20世紀の哲学思想一般にみる存在論の興隆ならびに主観的価値基準の摂取に呼応して、倫理学的というよりは存在論的教育哲学である。否、倫理学は認めるとしても、そこにみられるのは存在論的倫理学であり、存在論的認識論に欠落するものは「他者性」ならびに「公共性」の視点である。本研究のねらいと方向性は、21世紀を目前にした今日、遺伝子操作に代表される生命倫理問題、環境問題、高齢化社会とその付帯課題としての生・死の意味変貌と対応、これら諸問題に直面するわれわれが、単に現象をあらわにする、あるいは存在それ自体の価値を正当化する、あるいは単に実態・事実の解明に意義をみつけるといった探究方法に終止符を打ち、いかに生きるかという問いかけを復権し、「価値」概念の再考と「倫理」の刷新に取り組まなければならないことの時代的・社会的必要性の自覚にあり、同時にとりわけ多元的価値意識のなかで敢えて共同体ならびに公共性概念再構築の要請にある。その際、新たな価値の問い方においては、絶対的・単一的な価値観を離脱するこはもとより、個別的・主観的価値観の主張からも脱するという相矛盾する方向を維持し続ける必要がある。以上、本年度の研究は、教育価値理論構築の試行前の、現行教育理論に体する批判的吟味であった。
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