開発途上国においては、独立以降、初等教育の完全普及という目標がつねに教育政策の優先課題とされてきた。この目標はいまだに実現されていない。「失われた10年間」とよばれる1980年代の世界的な経済の停滞は、とりわけ開発途上国に深刻な影響をおよぼした。学齢児童の増加が続く一方で、教育予算は大きく削減され、その結果として提供される教育の質の低下が指摘されるようになる。きびしい資源の制約(資金的、人的、物的)の下で教育運営を強いられる途上国にとって、教育の量的拡張と質的改善はどちらかを重視すれば一方が後退するというトレード・オフの関係にならざるをえない。 1990年にタイのジョムティエンで開催された「万人のための教育世界会議」の前後から、この問題が途上国の教育関係者の注目をあつめてきた。国際開発金融機関であり、開発途上国向けの国際的な教育援助の分野でも大きな実績と影響力をもつ世界銀行は、最近、途上国の初等教育の「質的改善」を優先する教育援助の戦略と政策の提言を行っている。本報告書では、世界銀行の発表した「初等教育政策報告書」ほか一連の教育政策報告書の内容、さらに教育の質の論議に関連して注目される個別論文二点を翻訳紹介している。また、冒頭の研究ノートにおいては、途上国の初等教育の量と質をめぐる論議の背景、世界銀行の教育政策論が注目される理由、学習成果を向上させるための方策を優先させる援助政策について若干の解説を行った。 かつては高等教育や職業訓練に集中していた世銀の教育援助も、最近は基礎教育重視の方向に大きく転換してきた。また初等教育内部においても、従来の校舎建築や教員養成機関の拡充などへの援助に代わって、教科書や教材の提供、カリキュラム改革、教員研修など児童の学習成果に直接的な効果が大きいとされる分野の援助に比重を移している。
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