本研究は、日本の病棟を異文化として捉えてフィールドワークを行い、「病棟」のエスノグラフィーを描くことを目標とする医療人類学的研究の1部分である。平成8・9年度の科研費補助金による研究目的は、入院(患)者の「病気」や「障害」および「身体」に関する認識がどのようなものであり、それは如何に形成されてきたかについて、医療者や知人との関係もしくは入院者個人のライフヒストリーやパーソナリティーとの関係を検討することである。病棟での調査は脳神経外科専門病院のP病院においては1996年3月より1998年3月まで、1)機能回復のための外来レクリェーション活動の参与観察、2)病棟ナ-スステーションの観察、3)20名の入院者からの聞き取り調査、4)看護婦5名のグループインタビューと各病棟看護婦長・副婦長5名ののグループインタビュー各1回を行った。また、消化器科専門病院のQ病院においては1997年3月より1998年3月までの間に、1)病棟ナ-スステーションの観察、2)「入院者」への医師から病状や治療方針の説明を行う「面談」の観察、3)21名の入院者からの聞き取り調査を行った。その結果、以下のような点が把握できた。a)癌を告知された人や後遺症がある人を含め多くの入院(患)者が自分のことを「病人とは思っていない/思えない」とした。b)入院者からは看護婦への感謝の言葉が良く聞かれるが、「看護婦の業務の専門性への理解は乏しく、その看護婦イメージに看護婦が違和感を感じることも少なくない。c)診察や医師との面談において、入・退院や手術日についての駆け引きも展開される。これらの結果から結論として、入院者は、自身の疾病・障害の状態を自分が有している知識や印象によって実際よりも「軽く」みなし、「病人」になることを否定する傾向にあり、それは自己尊重感と関連していると推定できる。
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