本研究の目的は、いわゆる「イスラーム的」共存構造とは、その特殊な宗教的寛容性に起因するのではなく、異なる生態系を繋ぐ諸コミュニティ間で多層/多元的に形成された関係性の構築の仕方にその本質があるのではないかとの仮定の実証にある。今世紀半ばの独立後の急速な近代化により、環境と社会の従来のバランスが加速度的に崩れつつあるイスラーム圏の多くの国では、人口増加と生態系破壊が問題化しており、フィールドワークに止まらない多元的共存構造の理論化は急務である。 以上のような研究目的の下に、近代以前のイスラーム世界の多元的共存構造を最も明確に掘り出す研究対象として、広域にわたる異生態系間の移動を日常とする交易離散共同体、特に過去の生態系を比較的保持しているチュニジア、ジェルバ島のユダヤ人共同体が選定された。研究初年度は、過去に行ったジェルバ島におけるユダヤ人共同体の祭礼を中心とするパイロット・サーベイの整理と内外の研究の情報収集を行った。この作業を通じて問題の焦点をかなり煮詰めることができた。二年目も引き続き、国内の研究施設やシンポジウムで文献収集・情報交換を行うとともに、海外の研究施設・研究者との情報交換を積極的にはかることができた。 これらの作業を通じて、近代以前のイスラーム圏における多元的共存構造を比較文化的にある程度特徴づけることができた。資源の乏しいこの島で、ユダヤ人共同体がズィンミ-として数百年にわたりその特徴を維持できたのは、この島の各共同体の生活が微妙な生態系のバランスの上になり立っているからこそで、単一の生産活動を行えない自然環境が、島の多層多元的な共同体構造を保持するとともに、各断片間の交流を促してきたのである。その際、各断片間のバランサーとしての役割を果たしてきたのが、イスラーム的法秩序である。以上の研究の結果、今後の本格的現地調査と理論研究のための基盤を整えることができた。
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