本研究の目的は、ラテン・アメリカ諸国が有する文化遺産、とくに考古学的・民族学的収集品に焦点をあて、各国博物館での展示を分析することで、国家が博物館を通じて国民に伝達しようとしているイメージを読みとることにある。古代文明の栄えたメキシコでは、同国の東端で栄えたマヤ文明よりも、首都メキシコ・シティー直下に埋もれたアステカ文明との関係を強調し、国旗やさまざまな公的機関の紋章などにシンボルを借用しているばかりか、国立博物館の展示でもアステカへの比重を過剰なまでに高め、政治性を発揮させていた。一方で、ブラジルの場合、独立が平和的に達成されたゆえに、本国ポルトガルに対抗する形でのアイデンティティー形成は行われず、博物館では植民地称揚がテーマとなっていた。これに対して、ペルーの場合、メキシコと同じような古代文明を有しているにもかかわらず、別の形態がとられている。遺跡の破壊に代表されるように、古代文明に対する植民者たちの蔑みが植民地時代には見られた。また独立時においても、メキシコのように直ちに考古学や博物館の育成・整備に入ることはなく、具体的な文化行政には見るものがなかった。チリとの太平洋戦争敗戦後に、ようやく外国人研究者の力を借りて国家アイデンティティ形成に博物館を活用しようとするものの、頓挫している。また先住民擁護主義の思想が席巻した今世紀前半においては、古代文明をペルー統合の論理的な根拠には据えたが、現存する先住民との連続性を博物館が提示することはなかった。こうした古代文明と先住民性との連続性を国家が認識し、さらにスペイン文化との融合こそ、現代ペルーの存在基盤であるという混血性(メスティサッヘ)の思想にたどり着くのは、ごく最近である。しかし現実レベルでは、こうした思想が博物館行政に反映しているとは思えず、博物館や古代文明の消費方法がラテン・アメリカ各国でかなり異なることがわかった。
|