幕末維新期の農民日記のなかで、最も注目されているものの一つである「年内諸事日記帳」(いわゆる「大黒屋日記」)は、近代日本の作家島崎藤村が「大黒屋日記抄」を作成し、それをもとにして長編小説『夜明け前』を書き上げたことで有名であるが、未だこの原文を解読して、多くの人々に利用できる形にした人はいない。それは、解読が難解であること、公開が遅れたこと、残存分だけでも41年分31冊に及ぶ膨大な量であること、所蔵されている場所が長野県木曽郡山口村馬篭という交通不便なところであったこと、などの理由があった。本研究は、コピー借覧の機会に恵まれたことから、コピーによる解読から始めて、現蔵の藤村記念館に通って原史料で確認をしながら全文の解読をすすめた。その次ぎに、解読文をコンピュータに入力して全文テキストを作成し、その厖大なテキストデータベースから研究に必要とするデータの抽出・検索を行い、日記史料の研究の進展を図ろうとした。本研究は、日記コピーに落丁部分があったり、鮮度が悪い部分があって解読・筆記に一年以上を費やし、入力の外注も数度に及んだ。9年度の6月にはすべての入力が済み、納品された。そのデータを合体させた結果、「大黒屋日記」は、総記事42207項目のデータベースとなった。以後は、この「大黒屋日記」全文テキストを検索し、研究データ取りにつとめた。その傍ら、日記史料の特質把握のために、愛知県の豪農古橋源六郎日記を採集して比較検討した結果、「大黒屋日記」は村社会の日常性の解明のためにきわめて有用な日記であることを確信した。本研究成果の一部は、「農民日記史料論」「農民日記史料の可能性」などの論文として発表し、さらに村落生活史を内容とする研究を用意しつつある。
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