本研究によって明清時代華南地域の物的・人的移動状況を把握することができた。物的移動については特に米穀の流通構造の特質・変化が明清時代台湾から福建、広西から広東という構造であったが、日本による台湾統治以降、蕪湖・〓羅・安南から福建、〓羅・安南から広東、台湾から日本という構造に変化した。 人的移動については明清時代は福建泉州・〓州、広東潮州・恵州の人々が台湾へ移住したが、日本による台湾領有以後はこれらの移民が無くなり、日本から台湾へ移民が行われた。 明清時代華南地域の宗族構造は同族・同郷原理が台湾に持ち込まれ、台湾では〓〓械闘という福建系移民と広東系移民の対立が続いた。しかし、日本統治以後、台湾ではこのよな対立構造は表面的には解消し、植民統治が貫徹された。 以上の分析を総合すると、明清時代福建・広東・台湾は華南経済圏を形成していたが、台湾の日本統治以後、福建・広東は華中・華南・東南アジア経済圏に含まれ、台湾は日本経済圏に含まれるようになったことが明らかとなった。
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