本研究の目的は、ポリス社会の盛衰の問題を社会経済史的側面、なかんずく土地制度と財政の観点から考察することにあった。本研究より得られた知見をまとめると次の通りである。 1. 前4世紀後半アテネにおける公有地賃貸借の規模は、ポリスによって行なわれたものであれ、その下部組織である地縁的・血縁的小共同体によって行なわれたものであれ、それ以前と比較した場合、かなり大規模のものとなっている。公有地賃貸借からの収入は前4世紀後半アテネの国家財政にとって重要な財源の一つであった。 2. ヘカトステー碑文は、従来公有地の売却をしるした史料と考えられてきたが、これは公有地賃貸借に絡むエイスフォラ徴収の記録であると看做すことができる。この史料より、地縁的・血縁的小共同体によって行なわれた公有地賃貸借の規模がかなりのものだったことが分かる。 3. アテネその他のポリスについて、前4世紀後半から前1世紀までの碑文文献史料を中心に公有地私的蚕食の実態について吟味してみると、ヘレニズム期における公有地私的蚕食の一般化の傾向を指摘することができる。この傾向は国家財政にとって大きなマイナスとなった。 4. ポリス社会の本質的特徴として「分割地」と「公有地」の並立的存在という土地制度上の構造を指摘することができる。ヘレニズム期における公有地私的蚕食の一般化の傾向は、公有地の私有地化という意味で、この構造がバランスを逸する原因となり得た。したがってこの傾向はポリスを衰退に導く由々しき問題であった。
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