1.年度初めに掲げた研究実施計画に従って、18世紀イギリスの下院議員の議会活動を個別的に検討する作業を開始したところ、この作業に当初予想したよりも時間がかかった。これは、ひとつには特定個人の身分にかかわる帰化法案のようなものと道路改良法案と同一次元でとらえうるのかといったやや理論的な問題の検討に手間取ったためで、結局本研究では、特定個人にかかわるものも排除できないという結論に達した。以上のことは究極的には、検討対象としていた「議会外の社会的変化との関連」をもった案件というものの定義が不十分であったことに由来し、この点の反省は今後の研究にいかしていきたい。 2.具体的な検討対象とする時期を当初予定よりも限定的に考えざるをえないという状況で、不十分にせよ既に検討したことのある1760年代半ばと1780年代半ばとの比較の視座を確保すべく、今年度の検討作業は18世紀前半、具体的には1740年代半ばの一会期に絞ることとした。 3.作業の結果、まず、1740年代半ばには、この種の案件が産業革命の前夜またはその初期にあたる18世紀後半の時期と較べ相対的に少ないことが確認できた。さらに、データ量の関係から断定的には言えないが、そうした案件の審議で活躍する議員が特定議員、あるいは選出区などに特徴的傾向をもった一群の議員(例えば、州とか大都市のように有権者の多い選挙区を長年代表している議員)に集中する傾向が、18世紀後半と較べると目立たないという印象を得た。 4.以上のことは、18世紀前半には、世紀後半に認められる下院議員の性格の分化あるいは役割分担とでも呼ぶべき事態がまだそれほど進行していなかったことを示唆しているようにも思われるが、これについて実証的な結論を得るには、今後さらなるデータの集積が必要である。
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