本研究は、密教系訓点資料を中国語・梵語という外国語との接点にある資料群として規定した上で、日本漢字音・日本梵語音の形成、それら外国語との接触を契機とする日本語自体への自覚、日本語文字表記法の発達等の諸研究を発展させることを目的とした。 このために先ず初年度の平成8年度は主として石山寺・東寺・仁和寺・その他の諸寺を訪問し、密教系訓点資料の収集に努めた。その過程で従来未発見であった石山寺所蔵のやや特殊な系統に所属する「悉曇章」を見いだし、新資料に付け加えることになった。これについては、別冊の研究成果報告書に報告した。 次に収集した上記訓点資料の陀羅尼の訓点を分析することによって、濁音の認識、有気・無気音の区別、撥音・促音の認識、拗音の認識が、漢字音との接触からのみではなく、梵語音との接触からも影響を受けて形成されたものであり、これらの仮名による表記法の形成は、むしろ梵語音の陀羅尼の表記法における試行錯誤の世界から行われるようになったものであったことが考えられる事になった。特に、日本語と中国語に存在せず、梵語にのみ存在する重子音の表記法の試行錯誤にいては、五十音図の成立の重要な要因になっている可能性が出てきたので引き続き研究を進める必要があることになった。これら諸点に就いては、別に公刊した「日本漢字音の歴史的研究-体系と表記をめぐって-」に纒めて論述した。
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