本報告書は古代和歌における中国詩文受容のあり方について、具体的な例に即しつつ考えた論文六点からなる。まず、『萬葉集』の題詞左注の訓詁注釈についての二論文は、今まで読解のための研究が十分に蓄積されてこなかった題詞左注の漢文の中から二つの表現(山の上の松の緑を形容する「傾蓋」、および人の世の無常を論ずる文章中の「白馬」)を選び、それがどのような中国古典中の典拠を踏まえたものであるかを明らかにし、従来の誤解を正した。また、その漢文に含まれる日本的な要素については、その背景を考えた。ついで、『萬葉集』の歌の表現がどのように中国詩文の表現の方法を受容しているかについて考える論文二点は、恋の歌、飲酒の歌に、詩文の表現がさまざまに取り入れられて、新しい歌の表現が作り出された様を具体的に示した。ことに『古今和歌集』以後の歌にはほとんど詠まれない飲酒を、『萬葉集』の歌がその主題とすることが多いのは、詩人が友を思って独酌し、友と交わって宴飲することの影響を受けるものであることを指摘し、『萬葉集』における中国的要素の重要性を明らかにした。そして、『古今和歌集』の撰者たちの和歌と詩文との関わりを考える論文二点は、夜の間の風雨に花が散ってしまうことを気遣う表現、そして月の光の中で白い花の姿が見えなくなるという表現が、中国の詩から平安時代の詩人の詩へ、さらに和歌の世界へと伝えられたことを明らかにし、『古今和歌集』以降の歌の表現の世界においても漢詩文受容の意味が大きいことを説いた。
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