研究概要 |
「近代文芸における傍訓の機能」という本研究のテーマに即し,これまで集積してきたデータを整理した結果,本年度の当初の目論見であった,「言文一致」から見た「傍訓」という観点は,むしろ逆に,「傍訓」から見た「言文一致」として考えねばならないことが痛感された。そのテクストが「言文一致」であるかどうかについて「傍訓」の果たす機能は,けして副次的なものでなく,むしろ決定要因にすらなり得るのである。翻訳小説を中心にさまざまなテクストを取り扱ったが,最終的に中心となったテクストは,明治初年に刊行された渡部温〈通俗伊蘇普物語〉と明治二十年代に版が重ねられた二葉亭四迷〈あひゞき〉である。どちらも翻訳でありながらその文体は江戸・東京語をベースにしたものであり,とくに〈通俗伊蘇普物語〉は,近世から近代への「言文一致」の流れを知る指標として,もっと重視されて良い資料である。これまではとかく〈あひゞき〉の先進性のみが強調される嫌いがあったが,重要なのはその先進性の基盤ではないだろうか。〈通俗伊蘇普物語〉は学校教育の場でも用いられ,きわめて広く流布したことが知られている。明治初年の言語状況に大きな影響を与えたテクストと見なしてよい。 こうした観点から,最終年度にあたる本年は,これまでの成果の一部として,また今後の研究に資するため,〈通俗伊蘇普物語〉に現れた傍訓をすべて網羅し,整理を加えた上で索引を作成し,研究報告として提出することとした。〈あひゞき〉についても一定の分析を加えたが,コンコーダンスとしては太田紘子氏による〈二葉亭四迷「あひゞき」の表記研究と本文・索引〉(和泉書院,1998)が既に刊行されている。語彙の掲出や読みの推定などについて考量の余地なしとしないが,他のテクストも資料に加えて考察する必要もあり,本研究の成果の公刊としては他日を期すことにした。
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