研究概要 |
「近代文芸における傍訓の機能」という本研究の成果報告として、「渡部温訳述《通俗伊蘇普物語》振り仮名一覧」を提出する。本研究は、近世から近代初頭までのさまざまな文学テクストを、「傍訓」という観点から調査した。その過程で、「傍訓」と「言文一致」の関係に着目し、振り仮名を施された漢字仮名交じり文が存在したからこそ、いわゆる「言文一致」が実現したことを確認した。最終的に考察の中心となったテクストは、渡部温《通俗伊蘇普物語》と二葉亭四迷《あひゞき》である。どちらも外国語からの翻訳でありながら、その文体は江戸・東京語をベースにしたものであり、とくに《通俗伊蘇普物語》は、近世から近代への「言文一致」の流れを知る指標として、もっと重視されて良い資料である。「言文一致」という観点からは、これまでは《あひゞき》の先進性のみが強調される傾向が強かったが,重要なのはその先進性の基盤であると考えられる。《通俗伊蘇普物語》は学校教育の場でも用いられ,きわめて広く流布したことが知られている。明治初年の言語状況に大きな影響を与えたテクストと見なしてよい。こうした観点から、今後の研究に資するため、《通俗伊蘇普物語》に現れた振り仮名をすべて網羅し、整理を加えた上で一覧リストを作成した。 リストを一瞥して気づくのは、「ふりがな」というその名称から印象づけられるような、「かな」が従で「漢字」が主という関係ではないことである。漢字が読めない人のために振られる「ふりがな」とは根本的に異なっている。むしろ、仮名文に、漢字を付け加えることによって、意味の固定化を図り、さらに文章語への通路を確保していると見なすべきであろう。例えば人称代名詞についてみれば、相手を示すさまざまな語に「汝」の一字を当てることで、それが二人称へと抽象化されるでいることが、看取される。単純なリストではあるが、このように着目すべき点が多いと言えよう。今後は、本研究によって得られた知見と基礎データをもとに、より深い考察を加えていくこととしたい。
|