東京国立博物館蔵「保坂本源氏物語」(53巻、保坂潤治旧蔵、重要美術品指定)の、別本本文の性格について、青表紙本や他の別本との比較のもとに、その表現の特色、伝来の意義等について考察していったものである。 保坂本は、戦前に池田亀鑑博士によって公表されて以来、その後ほとんど紹介もされないままになっていたため、あらためて詳細な書誌の調査報告をし、本文については、全文をパソコンに入力し終えた。いずれこれから先の課題として、語彙の検索が自由にできる体制を整えていくつもりである。また、本文になされた改訂、補入、ミセケチなどの本文情報のデータはすべて調査をすませた。これら一連の研究によって具体的な成果としては、保坂本の独自の表現と考えられる「けはひ」と「けしき」のことばについて、他の別本や、青表紙本、河内本との用いられ方の違い、それが人物表現においてどのように意義を持っているのかをまとめた。 保坂本は別本と一括される本文群に位置し、非青表紙本の性格を持つのは当然ながら、また独自の表現世界を内包しており、それが物語の展開や人物表現にどのような役割を果しているのか、「にがむにがむ」「しぶしぶ」といったことばを手がかりに明らかにしていった。本文は、今日青表紙本の大島本で読むのが標準になっているが、鎌倉ないしはそれ以前の時代には、別本的な物語の世界がむしろ普通であったことの一端を、この研究を通じて明らかにすることができたと思う。
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