研究概要 |
(1) 本研究は,宮沢賢治の未完の口語詩集《春と修羅 第二集》の成立過程の全体を一つの動態詩集とみとめ,その変容過程の解明を進めたものである。当該研究期間中には、この詩集が作品を日付順に配列しただけのものでなく、作品番号順に整理されたもので、有機性をもった詩群単位で構成され,その詩群の配列にも意識的な配慮がある詩集であることを確認しつつ,詩集の動態をその編集過程によって5段階(3回の清書段階とその手入れ段階)に区分し、その中間段階にある詩稿をも頭注で示すテキストを作成した.これによって、約十年間にわたる詩集の動態を具体的に見ることができるものとした. (2) 作者の死後、詩稿の整理状態に基づいて打たれた《遺稿整理時番号》を手掛かりとしてすべての現存詩稿を14種に区分し、各詩稿群の性格を分析することによって詩稿の流れを解明し,詩集の最終構想の輪郭をもある程度明らかにした.これは(1)の作業を推進するために重要な理論的な支えとなった. (3) 『新・校本宮澤賢治全集』など現行のテキストでは、個々の作品ごとの逐次稿に沿って縦の流れで捉らえ,成立時期に8年の差があるものを差し替えられた作品や破棄作品も含めて最終段階を同列に並べてある.詩集の各段階ごとの構成にも重要な意義を認める報告者は、一次清書稿・二次清書稿を区分すると共に,肉筆詩稿の調査に基づき、現行テキストにおける誤りや、疑義ある点を指摘あるいは訂正し、草稿的詩稿の筆跡や筆記具を手がかりとして、これを手帳および書簡の下書きと比較し、詩稿成立期の推定に一定の確信を得た. (4) 《遺稿整理時番号》の吟味によって、定稿文語詩稿の完成後も,死の直前までこの詩集への手入れが続けられていたことが判明し、賢治晩年の言説は、童話・文語詩に併せて口語詩も同等の比重で理解されなくてはならないことが明らかになるとともに、作者の思想が時期を追って解明できる段階に来たと考えられる.
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