1996年度から1998年度にわたり、近世後期を代表する戯作者の一人である柳亭種彦に関する基礎的な研究を行った。その成果として「柳亭種彦年譜略」を報告として提出した。 この研究は次の二点から成り立っている。 1.種彦の伝記研究 2.種彦の主要作品である合巻や読本の出版を取り巻く構造的な研究 1の特色は、伝記資料に乏しい種彦の事績を知るために東京大学総合図書館・国立国会図書館・天理図書館・京都大学図書館等に所蔵される種彦の旧蔵書を徹底的に調査して、そこに記された識語により、種彦の動向の不明な部分をかなり明らかにした点にある。その結果、大田南●・談洲楼●馬・山東京伝・曲亭馬琴・山崎美成・喜多村 庭ら同時代の戯作者との交流が明確に示され、この当時流行の考証随筆をめぐって一種のサロンが形成されていたことが明らかになった。 2の概要は出版に対する規則その他が種彦の活動に与えた影響についての考察から成り立つ。1800年頃から強くなった小説の大衆化により、読本・合巻の出版点数は増大し。多くの板元がその出版に参入していった。それは作者と画工の不足という事態をもたらし、狂歌しか文学的経歴のなかった種彦が作者として登場することを可能にしたのであった。さらに合巻の市場の急拡大は種彦を読本作者から合巻作者へと転身させた。そして残虐な描写に対する禁令によって、演劇を巧みに作品に取り入れたその作風は種彦を時代の寵児へと押し上げていった。
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