本年度の実績は以下の二点になる。第一に、昨年にひき続き、中世の未来記の所在調査と資料収集を行った。遠隔地では、四国の善通寺、東北の弘前市立図書館の調査に赴いた。前者の善通寺は真言宗の聖教類の蔵書が中心で、近世の転写本が大半ではあるが、ほとんど中世学芸の拠点であった高野山とダイレクトにかかわる資料ばかりで、中世の高野山の学問状況をかなりリアルに逆照射しうるものであることが判明した。また、中世末期の写本も予想以上に伝存することも明らかになり、未来記の生成と周辺をめぐる貴重な資料も発見できた。後者の弘前図書館では、幕末まで時代は下がるものの、説教や語り物をめぐる資料がみつかり、未来記とも関連してくるあらたな問題群と遭遇することができた。近隣では、金沢文庫や慶応大学図書館・斯道文庫、早稲田大学図書館等々に赴き、資料収集につとめた。とくに『説法明眼論』に聖徳太子の未来記が引用されていることが判明し、重点的な伝本研究に着手したところである。また、禅宗系の雑書や北野天満宮の史料などから、未来記の『野馬台詩』をめぐるあらたな資料が出てきて、これも予想外の展開をたどりはじめている段階である。 実績の第二は、岩波書店の「文学」秋号で「中世仏教の文化圏」の特集号が組まれ、「聖徳太子未来記の生成」の論考を寄稿したことである。未来記の課題をひとまず聖徳太子のそれにしぼり、七十年ぶりの研究更新をはかり、それなりの手応えを得ることができたが、未開拓な領域があまりに多い。特に膨大な聖徳太子伝との関連の追究がやや不十分であり、上記のごとき新出資料もあいついでおり、さらなる続稿を期している段階で、最終年度のまとめにつなげていきたいと考えている。
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